神社の境内に足を踏み入れたときに感じる、空気の微かな変化が好きだ。正月には本殿ぎりぎりまで屋台の列がひしめき、参拝客でごったがえす様が地方テレビで中継される、商業化されきった御近所の神社であっても、不思議と鳥居の内側では空気が澄んでいるような、凛と張りつめた気配が漂う。むろん幽霊も避けて通るといわれた私に霊験など感じられようはずもなく、それはたぶん一月の気温と新しい暦が作り出す錯覚なのだろうけれど、少なくともひとりの無信心者に正月だけは神社詣でをさせる動機にはなっていたのだった。
ところが、今年の初詣は違った。
ずらりと並ぶ屋台の列は変わらない。参道がこころなし閑散としているのは、まあ2日の早朝だ、むりもない。だが鳥居をくぐってもいつもの「気配」が感じられないのはどうしたことだ。凛と張りつめた空気どころか、だらりと淀んだ、表通りに渦巻く排ガスがここまで入りこんできたかのようだ。
理由は数秒後にわかった。
屋台の喧しい呼び込みの上から押しかぶせるように、昨年まではなかった場内放送が降ってくるではないか。
「ご参拝客の皆様〜ァ、あけましておめでとうございます。当神社は◯◯◯◯年創建で……(中略)……なおご気分の悪くなられたお客様は、社務所前の……」
境内にいるかぎり否応なしに、この録音テープをエンドレスかつ大音量で聞かされるという拷問。ここはチェーン系列の大型スーパーか。改まった雰囲気も尻尾を巻いて逃げだす道理だ。
キンキン声の降ってくる方向を見上げると、境内でもひときわ立派な大木のてっぺんに、醜悪としかいいようのない灰色の拡声器がくくりつけてあり、枝々には無数のケーブルが触手のようにからみつき垂れ下がっていた。
W:tAの人狼であればガントレットを透かして嘲笑うウィーバーと無数の蜘蛛の糸が見えてきそうな、そんな光景だった。
ああ、ここはもう神社じゃない。少なくとも私にとっては。
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