雨上がりの濡れた石段を登りながら、私はよりによって革靴を履いてきた自分に心の中でハートマン軍曹ばりの罵声を浴びせていた。地面はぬかるみ、雨水に濡れてつやつや光る鹿の糞が散らばる最悪のコンディションである。ここでうっかり足を滑らせて転倒したらどうなるか。想像したくもない。
鹿の糞。
私は奈良に来ているのである。
極度の出不精な私が、なぜ今日に限っては暗いうちから起き出して電車を乗り継ぎ早朝の若草山に登っているのか。べつに、大脳に神様からの直接指令を受信したわけでも、夜明けに押し入ってきた覆面男に銃で脅されたわけでもない。ただただ、本日ここで開催される鹿せんべいとばし大会なるものを一目見るためであった。
奈良のいたるところで鹿の餌として売っている鹿せんべい。それを円盤投げの要領で投げ、飛距離を競うのだという。青空の下を飛びかう鹿せんべい。芝の上に散乱する鹿せんべい。せんべい一枚に一喜一憂する選手たち。それにはいっこう無関心にせんべいを貪る鹿の群れ。想像するだにシュールな光景ではないか。そんな奇天烈な競技が身近で開催されていたとは。しかも14年も前からだ。長いこと関西に住んでいるがちっとも知らなかった。これは、なんとしても見に行かなくてはならない。見ずにいられるものか。
道中は閑散として人より鹿のほうが多いぐらいだったが、会場に着いてみれば出場者受付には長蛇の列ができている。寒風吹きすさぶ会場でただ突っ立って他人のせんべい投げを眺めていては凍えてしまうと思い、300円払って出場登録をした。予選開始は1時間後だという。
だが、どこで時間をつぶせばいいのか。地元産野菜と数種のみやげものを売る屋台をひやかし、輪投げコーナーで左右に首を振る電動の鹿の生首を眺め、練習場で鹿せんべいを数枚投げ、鹿せんべいに願い事を書いて鹿に喰わせると願いがかなうという胡散臭いコーナーでせんべいに落書きをすると、ものの20分で見どころらしきものは回り終えてしまった。4月であれば青々とした芝生の上で日向ぼっこもできるのだろうが、今はまだ一面の枯れ芝で、これは若草山というより枯草山というべきじゃないのかとも思ったが、そんなあら探しに訪れたのではなかった。そもそも、鹿せんべい投げを見に来たのである。
そう思ってしばし競技場脇で他人の予選を観察してみた。山頂から吹き下ろす風に乗って、せんべいはくるくる周りながら、鮮やかに宙を切って、山麓のほうへ数十メーターも飛んでゆく。たしかに、見ていて爽快だ。落ちたせんべいを、子供と鹿が先を争って拾いにゆくのも微笑ましい。だが、鷹揚でいられたのも風向きが変わるまでのことだった。
たえまなく吹き続ける、横殴りの強風。そばでチャリティ演奏していたホルンアンサンブルの楽譜立てが噴き倒され、優雅な音色は風音の向こうに霞んでもはや何の曲を吹いているのやら、屋台では売り子が必死にビニルシートを押さえ、競技場では誰かが落としたパンフレットが右から左にすっ飛んでいく。
むろん、楽譜立てよりはるかに軽い鹿せんべいが、その影響をうけないはずがない。
鹿せんべいは、出場者の手を離れるやいなや、左に流されて場外に叩きつけられる。スタッフがなるべく右寄りに立って投げるよう誘導するが、焼け石に水。運良く順番が風の止み間に回ってきた者だけが、かろうじて予選通過できているような有様だった。
風向きが変わらないまま私の順番が来た。スタート台に上がり、無言で空を仰いで止み間を祈る。投げた瞬間、耳元でうなり続ける風音がわずかに弱まり——ふたたび強まって、鹿せんべいを場外へ叩き落とした。
場所柄、神仏は大勢いそうなものだが、不信心者は祈るだけ無駄ということらしい。
決勝戦まで居残っていたら凍死するか退屈死するかのどちらかだと思ったので、自分で自分に熱々のイノシシ汁(豚汁の豚の代わりに猪肉が入っている)をおごり、昼前に退散する。
しかし最大の災厄はその後に訪れたのだった。
若草山の鹿は比較的行儀が良かったので、奈良公園で「帰りしなにちょっと鹿と遊んでやるか」と調子に乗ったのがよくなかった。ここの鹿は、地元民をして「いちばん図々しい」と言わしめる、たいへん人慣れした動物であることをころりと忘れていた。なにしろ、鹿せんべいを買って手に取った瞬間から群れなして押し寄せてくるのである。それはもう、せんべいを持っている手ごと喰わんばかりの勢いで、なんとか撒き終えても今度は鞄を突っつき、背を向けて逃げだそうとしたらコートをかじられた。たしかに鹿せんべいによく似た色合いではあるがそれは食い物ではない。
鹿せんべいの他にも餌はもらっていると聞き及ぶが、どうして奈良の鹿はいつもこんなにハングリーなのか。
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