この現代的妖精譚の主役はチェンジリング(changeling)、いわゆる取り替え子である。チェンジリングはしばしば〈失われし者/The Lost〉と自称する。ある者は子供のころに、ある者は大人になってから、人間界から誘拐されて、数年あるいは数百年とも思える歳月を妖精(Faerie)の世界で暮らしてきた。妖精は美しいものに目がないがおよそ人間と相通じるもののない紳士淑女である。その妖精と同じものを飲み食いしているうちにチェンジリングも人間というより妖精に近くなってゆき、肉体もまた妖精界での役割に合わせて微妙に変異していった。だが、ときには、脱走するチェンジリングもいる。故郷の記憶を頼りに曲がりくねった茨の道をたどり、〈垣根/Hedge〉を、人間の世界と時の歪んだ妖精界を隔てる壁をくぐり抜けて。
だが、やっとの思いで人間界へ帰還したチェンジリングを待ち受けるのは、あまりに残酷な現実だ。妖精界で過ごしたのはほんのしばらくのはずだったのに、戻ってきたら20年も経っていた、とか。妖精界アルカディア(Arcadia)で大人になって戻ってきたら、人間界では失踪から数時間しか経っていなかった、とか。そのうえ、恐ろしいのが、人間界ではそもそも自分は失踪などしたこともないことになっているという事実だ。妖精は抜け目ない。チェンジリングとすべく人間をさらってゆくとき、代わりに一種の複製というか、まがいものを置いていったのだ——本人そっくりに見えるが、そうではない何かを。かくして、自分が生きるはずだった人生を妖精界から来た異人に乗っ取られ、帰るべき場所をなくした〈失われし者〉チェンジリングは、一度は奪われたこの世界にいまひとたび生きる道を模索することになる。
『Changeling』で葛藤し夢見る主人公たちは、人として生まれながら、その身に妖精の魔法を織り込まれ、すっかり変わり果ててしまった。造り替えられた肉体を〈仮装/The Mask〉と呼ばれる幻影に包むことで、かろうじて人間として通っている——もはや人間という言葉では形容できないのだ。人間界の現実と妖精界の非現実は、チェンジリングの物語を、ときに美で、ときに狂気で、そしてときには両方で彩る。
美については語るまでもない。妖精は美しい。優しくも、面倒見良くも、善良でもないが、それでも奇跡のように美しい。同じことは妖精の子らにもいえる。それがこの世のものならぬ物質から生みだされた者であっても、人間界から拐かされ妖精の魔法で養われた人間であっても。容貌魁偉なオーガ(Ogre)にも、端正とはいえないながらも不思議と荒削りな魅力が漂うし、物腰いかがわしいダークリング(Darkling)でさえ、奇妙に惹きこまれる優雅さや冷ややかで剥き出しの性的魅力を湛えている。だがチェンジリングも、かつての人生を取り戻すにせよ、活力源である魔魅(Glamour)を吸収するためにせよ、人間界を動き回るうちに気づくだろう。この世にはこんなにも美しいものが溢れているのに、人は往々にして見過ごしている、ということに。チェンジリングの目には、善良な男の葬儀の場に垂れ込める悲しみの中にも美はあるし、少女が学校のフォークダンスで手をくるりとひねる仕草さえ奇妙な美を備えている。チェンジリングは物事を誰とも違う視点で見る——単にそうできるからというだけでなく、そうしようと努めるのである。
チェンジリングという存在が本質的に孕む狂気にも二つの面がある。一つは外因的なものだ。チェンジリングは、妖精や〈垣根〉に関わるものども——奇怪な、この世にあり得べからざる、人間の理性を否定する存在としじゅう対立している。妖精は〈異人/The Others〉とも呼ばれるだけあって、人間にとっての正気の基準などあてはめようもなく、「狂っている」としか言いようがないからだ。だが同じぐらい恐ろしいのはチェンジリングの内なる狂気である。夢と現実、妖精と人間。ふたつの境目はたやすく踏み越えられるもの……そして自分が境界のどちら側に立っているかは、チェンジリング本人にさえ、常に自覚できるとはかぎらない。
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