2007年9月2日から3回に渡って行われたV:tRセッション「非在の土地」のエピローグを小説風に。
【STまえがき】
今はまだPCたちの知り及ぶところではありませんが、事件の根の深さを締めくくりとして覗かせてみました。怪人の棲むという森に幼童とグールがおっかなびっくり足を踏み入れ、不気味な儀式の気配に慌てて逃げ帰ってきた、ただそれだけの出来事が、連鎖に連鎖を呼んで、この街を支配する長老たちの諍いの歯車をも回す。V:tR はスケールが小さくなったと言われますが、そのぶん、こんなふうに「トップと距離が近い」ところが私は気に入っています。
なお、このエピローグの設定は『City of The Damned: New Orleans』に基づいています。
「——約束が違うぞ、ビダル殿下」
ステッキで苛立たしく床を叩き、食い縛った牙の間から押し出すように、その血族は言った。黒いトップハットに同じ生地の三つ揃い、アスコットタイという隆とした紳士ぶりだが、それだけに袖口から覗く土気色で皺だらけの手肌が生理的嫌悪感を催させる。
手だけでない。骨皮ばかりの首筋といい、公子を睨め付ける丸眼鏡の奥に光る黄ばんで濁った目といい、まるで生ける屍に新しい服を着せたかのようだ。
この醜悪なる男こそ、バロン・シミティエ。ノスフェラトゥ氏族にしてヴードゥーの強大な呪術師である。
「50年前に公の場での集会を禁じるという勅令を出したはずだ。まして聖ルーアン女学院はそなたの版図ではない」
水底に沈む鋼のような声でビダル公子は冷ややかに言う。反論を許さぬこの語調に抗える者はそういない。だがバロン・シミティエ——〈墓場男爵〉はその数少ない一人だった。この街のサークル・オブ・ザ・クローンを束ねる長老として。そして——ビダルと過去を共有する者の一人として。
「その勅令を我がコヴナントが呑む交換条件が、あの森だったではないか。女学院の版図から森を除外するのは、貴殿も了承済みだったはずだぞ。それでも教徒は暴動を起こしかねん勢いだったのだ」
「仕方なかろう。よもやリンハルト老が休眠前の版図を記憶しているとは、余にとっても想定外だった。聖ルーアン女学院は仮預けと言うておいたに、わざわざ人間社会での所有権を調べ上げるとも思わなかった。人間社会の法廷も、あれでなかなか無視するわけにはいかぬし、なあ?」
「……計算ずくでリンハルトに預けたな」バロン・シミティエの黄ばんだ牙が怒りのあまりカチカチ鳴った。「カトリック学校を、ランケアに預けなかった時点で妙だとは思ったが。インヴィクトゥスの権力亡者どもなら、たとい仮預かりの土地といえども絞れるだけのものを絞ろうとするに決まっている。リンハルト家の御隠居も例外ではない。ビダル貴様、すべて承知の上で——リンハルトに何も知らぬ小童どもを使わせて——」
「小娘と男娼と蛆の取り合わせにしては、なかなかよく働いたといえような。すべて余の計算だとしたら、どうする」
ビダルの応えはほとんど嘲笑に近い。
「なぜだ、ビダル。理由はなんだ。私はただ、ヴードゥー教徒の血族と人間がこの街で安穏に暮らすことを望んでいるだけだ。サークル・オブ・ザ・クローンがこれまで他所の版図に手を出したことがあったか。掟破りの引き渡しを拒んだことがあったか。ただの宗教的見解の違いで、なぜこれほどまでに我々を憎む……?」
「なぜ? よりによって貴様が問うのかシミティエ、『何故』と!?」
ビダルは二歩で相手に詰め寄ってタイを掴みあげる。
「ストリートヴィルに屍山血河を積み上げて、結局我々が何を得た? そのうえさらに人身御供の山を築いて、残ったものは何だった!? 無だ、否、それ以下だ! ニューオリンズ一のウーンガンとは聞いて呆れる!」
「……ロアは……まつろわぬ神々。我らは嘆願するのみ。あのときも……そう言ったはず」絞首刑の縄のようにタイが首に食いこむ中、それでもバロン・シミティエは肺から言葉を絞り出した。
「ならば己の版図で嘆願することだ、全てを90年前のあのときに戻してくれ、と。余が公に認めた汝の版図の中でな!」
突き飛ばすようにビダルの手が離れた。ステッキのおかげでかろうじて、無様にたたらを踏む真似はまぬがれる。
90年前。そう、あの夜のことがなければ——
バロン・シミティエは苦々しい記憶を嚙み締めつつ、ヴードゥー教徒の血族たちに集会場がまたひとつ失われたことをどう説明したものか、思いをめぐらせていた。
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