10月31日(火)

ぜんぶ生

「すべては生につながっている」

雑誌で見かけたキャッチコピーである。コンサートの広告だからして、多分、生は「せい」と読ませて life の意味で使っているのだろう。

「なま」だと、どことなくビールの宣伝じみてくる。すべてはなまにつながっている。仕事が終わったら生。祝い事があれば生で乾杯。飲み屋に入れば「とりあえず生中」。そういうビール好きの男の姿が目に浮かぶ。

では「せい」と読ませておけばいいのかというとそうでもない。「せい」は「せい」でも、もし誤植で「性」と印刷されてしまったら大変だ。

「すべてはにつながっている」

キャッチコピーどころか、フロイト学説になってしまうのだった。

10月30日(月)

Cult

案の定、キーボードも打つのが嫌になるほどの筋肉痛。

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演奏活動と言っておいて昨日の更新がない訳は、賢明な読者はすでに推察されているだろうが、打ち上げで飲んだくれていたからである。
 2ヶ月ぶりに気のおけない仲間と飲む酒はうまい。うまいが、どうも最後に頼んだ日本酒の銘柄が体に合わなかったらしく、本日は朝からがんがん痛む頭を抱えつつの出勤となった。二日酔いする酒量ではなかったのになあ。
 それでも昼には中華屋で牛肉入り焼きそばを食えるほどに回復していたから、2ヶ月休養をとった肝臓は存分に働いてくれているらしい。

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チェロ4本でヘビメタを弾くApocalypticaの新譜『Cult』が出ていると、ヘビメタ好きなヴァイオリニストの後輩が言うので、早速購入。アンテロの代わりに“ヨーロッパ最速のチェロ奏者(笑)”ペルトゥ・キヴィラークソを迎えた演奏は、前作にも増して「これを本当にチェロで弾いてるのか、おい」という飛ばしぶりである。

なにより、ボーナストラックを除く全曲がオリジナルというのが、前作『Inquisition Symphony』でもオリジナル曲の方が好みだった私としては嬉しい。今回、チェロ以外の楽器も導入されてよりヘビメタらしくなっている。といっても、安直にドラムスを入れたりしないのが彼ららしいところで、シンバルやティンパニがまるでもとからヘビメタのための楽器であるかのようにすんなり取り込まれているのが凄い。また、コントラバスが入ることで低音がさらに強化されている。次のアルバムではコントラバスの超絶技巧も聞かせてくれないだろうかと今から密かに期待している次第である。

しかし、インタビューを読むに、エイッカはチェロ弓を使ってコントラバスを覚えたというが、まさか録音時もチェロ弓で弾いていたとか言わないよな……?

10月29日(日)

教授、にわかストリート・ミュージシャンになる

いつのまにやら10000hitを超えていたらしい。

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弦楽五重奏団のコントラバス奏者として『元町ミュージックストリート』に出演する。神戸の元町商店街を舞台に、路上だのイベントスペースだのでジャンルを問わずミニコンサートを開きまくる、とまあ、そういう企画なのだった。

私を含め五重奏団のメンバーは皆、路上演奏そのものは初めての経験ではない。阪神大震災直後、なんとか無事だった楽器を抱えて、ビルの廃墟の前でボランティア演奏したこともある。毎年神戸ルミナリエの会場でストリートミュージシャンもどきに地面に楽器ケースを置いてクラシックのナンバーを弾きまくり、稼いだ金で茶を飲むというのが、我々のクリスマスの楽しみだったりする。

しかし、公式HPが出来るような大きなイベントの出演者として演奏するとなると話は別だ。
 路上演奏時の常として、機動性を重視した普段着で楽器を担いでやってきた我々は、背広姿の主催者に丁寧に挨拶されて大いに恐縮する。おまけに「本番はこれ、つけてもらいますから」とピックアップマイクを渡された辺りから緊張度がぐっとアップした(なにしろ、ホールや普段の路上演奏ではつけたためしがない)。

しかも、会場(といっても楽器店の店頭の路上だが)に立ったとたん、アコースティックな楽器を生で見るのが珍しいのか、通行人がわらわら群がってくる。聴衆が多いのは嬉しいが、近より過ぎだ、特に私のコントラバスの周辺をちょろちょろしていた少年。危うく演奏中に弓の先が君の鼻の穴に刺さるところだったではないか。

さすがにそれだけ間近で注目されると、最初の出番は皆あがり気味で、MCのマイクをとった団長も何を言っているのか分からなくなってくる始末である。まあ、アマチュアとはいえ皆、場数を踏んでいるので、演奏でひどい失敗はなかったのが不幸中の幸いと言うべきか。2回目の演奏は、なかなかうまくいったし。

他の出演者がそうそうたる顔ぶれで、果たして我々のような素人団体が出てよかったのだろうかと思いつつ、ちゃっかり「お足代」を頂いたその足で「いやぁ、楽しかった。さあ打ち上げだ打ち上げだ」と飲みに行ってしまう我々であった。

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しかし、自分より図体のでかい楽器を抱えて元町を右往左往した私は、明日まちがいなく腕もあがらないほどの筋肉痛になっていると思われる。

10月28日(土)

教授、ときには演奏活動をする

唐突だが、明日、神戸・元町商店街で行なわれる『元町ミュージックストリート』に出演するのである。

神戸弦楽五重奏団という、名前だけは立派な団体なのだが。

出演は、PM1:30からヤマハ元町店の前と、PM2:30からグレゴリー・コレの前。

そう、我々はストリートコンサート(路上演奏)組なので、商店街の道ばたで弾いておるのです。すぐ近くには神戸大丸・南京街・メリケンパークがある所ですので、ま、お近くの方は買い物がてらにどうぞ。道ばたゆえに入場料もへったくれもありませんから。はい。

場所の詳細は公式ホームページに地図がでてます。

10月27日(金)

けだもの

日記の題名に平仮名が増えたあたりに能力ならぬ脳力の低下が現れている。

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ジョン・スキップ&クレイグ・スペクター『けだもの』(文春文庫)を読む。

人狼ホラーとしては実にいい感じだ。スティーブン・キングが何と言ったか、人狼ものの連続短編ものを書いていた気がするが、個人的にはこちらのほうが好みである。

帯でスプラッタパンクと銘打っているだけあって、殺戮シーンもたしかに凄惨きわまるものなのだが、本書で執拗に書かれるのは『獣性恐怖』――人間の中に潜む獣の部分との葛藤である。やはり人狼ものはこうでなくては。話中である登場人物が新たに人狼として覚醒するのだが、そのきっかけというのがありがちな「愛する人を殺されてぶちキレる」パターンでないのも好感が持てる。後半は主人公の性格付けもあるのだろうが、なんだか良心的になってしまって食い足りない感もあるが、それでもカバーの「血みどろの愛の物語、凄惨で哀しい人狼ホラーの傑作」という文句は伊達じゃない。

文春文庫では近く、「ホラー史上最悪、伝説の吸血鬼小説」というレイ・ガートン『ライヴ・ガールズ』が出るようなので、そちらも楽しみではある。

あ、別に文春の回し者じゃないですがね。

10月26日(木)

ひとやすみ

昼の仕事から帰ってくるなり泥のように睡眠。

何か、調べものが残っていた気がするが、途中で起き出してインターネットに繋いだ時点で意識が飛んだ。目は字を追っても脳が理解しない。

とりあえず、今日だけは寝よう。

10月25日(水)

仕事完了

やっと。

やっと。

やっと。

10月24日(火)

ラストスパート

あと4ページ

保ってくれ。あともう少し。

10月23日(月)

苦闘

あと6ページ

10月22日(日)

立ち往生

駅のホームで、乗り換えの電車待ちをしていたが、どうにも眠くて仕方ないので、電車が来るまでの数分間、ベンチに座って待つことにした。

ところが、はっと意識を取り戻すと、待っていた電車のドアが目の前で閉まり、発車していくではないか。寝過ごして降り損ねるというのはよくやるが、乗り損ねるというのは情けない。

そこで、眠かろうが何だろうが、立ったまま次の電車を待つことにした。少なくとも、これなら乗り損ねることはあるまい。

と思ったのが甘かった。我に返ると、周囲の客が皆、邪魔そうに私を避けて電車に乗り込んでいく。情けないことに、私は立ったまま居眠りしていたらしかった。

茫然と立ちつくす私をよそに、電車の扉は目の前で閉じ、電車はホームを滑り出していった。

10月21日(土)

じっと手を見る

嗚呼、働けど働けど終わらぬ我が仕事よ。

皆さんの励ましで頑張ってます。

10月20日(金)

宅配・便

3時間でいいから、眠らせてくれ。

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瓶の高速性のことをまた考えている。

ピザが届くから宅配ピザ、ギフトが届くから宅配ギフト。この論法を「宅配便」にあてはめると、便が届いてしまうことになる。近代的なロジスティックスシステムの実体は嫌がらせだったのか。

これはあながち間違いでないかもしれない。佐川急便の飛脚マークが担いでいる箱には、現に、「便」と書かれているではないか。江戸時代の飛脚が駆け抜けていく様子が目に浮かぶ。

「飛脚だ、飛脚が来たぞー!」

逃げまどう村人たち、なぜか喜ぶ子供たち。

佐川急便のページによると、飛脚は死んでも荷物を守り、届け先以外には絶対に中身を教えないのを鉄則にしていたとのこと。しかし、箱に「便」と書いてあるじゃないか。

それより、飛脚は茶色い排泄物に命を懸けていたのか。

10月19日(木)

鯖落ちの日

職場のサーバが落ちてデータベースにアクセス不能になり悪夢のような2時間。

10月18日(水)

ドリンク・ドラッグ・ジャンキー

相変わらずドリンク剤の世話になる日々である。

以前、チャットで知り合った真葛さんに教えていただいた「課長島耕作ドリンク」は未だに試す機会がないのだが、「ドリンク金太郎」なるものを発見した。本宮ひろ志の漫画『サラリーマン金太郎』のイラストがラベルに印刷されている。

寡聞にして私はこの漫画を読んだことがないのだが、サラリーマンというよりプロレスラーじゃないのかと突っ込みたくなるようなご立派な体格の男が背広を着て、口を真一文字に結んでいるラベルを見るに、たぶんこの男が「金太郎」なのだろう。とりたてて他の製品と変わったところのない成分表示だが、何はともあれ買って飲んでみる。

……体調のせいかもしれないが胸焼けがする甘ったるさだ。なんというか、他のドリンク剤とは異なる甘さで、飲んだ後胃の辺りがまだきもちわるい。もういい、金太郎。さがれ。

それにしてもドリンク剤の各社比較ができるほど飲み倒しているのは逆に健康上問題があるような気がする。

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昨夜の飲み会は、割り勘だったのに飲める人が少ないので、私にしてはおとなしめに飲んでいたのだが、今日出社すると同僚が「大丈夫か?」「あの後、ちゃんと家にたどりついたか?」と口々に心配する。

よくよく聞きただしてみると、どうも解散時、例によって方向音痴の私は「じゃ、みなさんお疲れさまでした。私は××線で帰りますので、ここで……」と、言ったそばからまるで反対方向に向かって歩き出そうとしたために、酔っぱらって方角が分からなくなったと皆に思われたらしいのだった。

関西在住ウン十年、未だに大阪で道に迷う方向音痴と思われるのと、あの程度の酒量で酔っぱらう下戸と思われるのと、どちらがいいか。

悩んだあげく、私は後者を採ったのだった。

10月17日(火)

平穏な人生の物語

会社で飲み会があり、過去の傷について突っ込まれまくって、へこむ。

どうせ、半端者ですとも。ええ。

10月16日(月)

教授、おのぼりさんになる

東京で缶詰になっていた時のことを少し書こうと思う。

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金曜は昼間の仕事を終えてから夜に東京行きの新幹線に乗ったのだった。
 まったく、一人で移動するのは気楽でいい。座席に着くなり黙々と弁当を食っていても、携帯のメールを延々打っていても、はたまた黙々とやり残した書き物をしていても、へっちゃらだ。暇ができたら一人旅をするのもいい。
 深夜に東京に着いたが、あのだだっぴろいコンコースはなんだ。出迎えの方がいなければ間違いなく私は迷っていたに違いない。ともかく、インプリンティングされた鴨のヒナよろしく、その人にくっついて深夜の打ち合わせに直行。泊めてもらうお宅に向かう電車に乗り込んだ時は既に日付は翌日になっていたが、山手線というのは深夜にもあれほど混み合うものとは知らなかった。いま東京にいる岡山出身の胡弓弾きの友人が嘆いていたのもむべなるかな。
 土日は、ひたすら缶詰状態で作業と打ち合わせに明け暮れる。べつに軟禁されていたわけでもないが、けっきょく一歩も外に出なかったため、日曜の晩に大阪行きの新幹線に乗った時には、自分は本当に東京に来たのかという気分になった。それを実感したのは大阪駅についた時である。誰も彼もが大阪弁を話している。

上野の停車場にお国訛りを聞きに行った啄木の気持ちが少し分かるような気がした。

10月15日(日)

帰ってきました。

終電で自宅に帰ってきました。

誰も彼もが大阪弁を喋っている大阪駅に再び立つと妙な感慨が。

明日あたり東京でのことを書きます。

10月12日(木)

教授、おのぼりさんになる予告編

明日から仕事で東京出張のため、更新は月曜までお休みです。

阪神タイガースのホームグラウンドで育ち、爪の先まで関西人な私が、生まれて初めて行く東京。

「次の角を横」の伝説をもつ方向音痴の私が、はたしてかの大都会を生き延びられるのか。

妹に命じられた東京土産「東京バナナ」を無事購入して生還できるのか。

10月11日(水)

胡蝶の夢

自分が起きているのか寝ているのかよく判らない。
 仕事をしていて居眠りしているのか居眠りして仕事をしている夢をみているのか。
 通勤している夢を見ているのか通勤しながら半分眠っているのか。

わからない。まったくもってわからない。

更新している夢を見て更新したつもりになっていたらすまんです。

10月10日(火)

生きてるが

頼む、もうちょっと保ってくれ、私の身体。

体力ぐらい鍛えておけばよかった。

10月9日(月)

外出する用事さえなければ、激しい雨もけっこう楽しい。実際、台風の日などは吹き荒れる風の音を聞いて無意味にわくわくしてしまう子供だった。
 夕方近くに雨が上がって、黄金色の空を背景に、虹が出ていた。円環の外側にもう一つ、色の順番がふつうとは逆の、淡い第二の虹が浮いているのまで見える。これほど鮮やかなものを見るのは何年ぶりだろう。
「私の心は躍る、大空に/虹が架かるのを見たときに」というワーズワースの詩句が脳裏をよぎる。

虹はなにかの約束のように、ほんの数分、地上にとどまっていたが、眼をそらした隙に消えていた。

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実際、虹は何かの約束ではなかったか。聖書を(キリスト教徒ではないが仕事上の都合で持っている)めくってみると、はたして正解に行きあたる。

すなわち、わたしは雲の中に、にじを置く。これがわたしと地の間の契約のしるしである。…(中略)…こうして、わたしは、わたしとあなたがた、及びすべて肉なるあらゆる生き物との間に立てた契約を思い起こすゆえ、水はふたたび、すべて肉なる者を滅ぼす洪水とはならない。
                       ――創世記 9:13-15

例のノアの大洪水で、地上の生物を全滅させるところだったのを反省(?)した神が、このような大洪水は二度と起こさないとノアに誓ってこういうのである。

それから後も、やっぱり世界各地で洪水はあいかわらず起こり続けているのだが。

10月8日(日)

生誕?周年

誕生日で日曜日だけど仕事だよ。
 職場のトイレの個室で気がついたら数分間爆睡していた。小人さんが四つん這いになって高速で右往左往している夢を見る。

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いいかげん、祝われてもありがたくない年齢なので今日は夕飯のおかずが一皿増えただけ。

年齢ですか。当年4096歳になりました。

10月7日(土)

電気風呂

昨日の地震は阪神大震災並みの規模だったらしい。地盤の関係で、被害は比較的少ないようだが、それでも新聞の報道写真で倒壊した建物などを見ると、5年前にタイムスリップしたような錯覚に陥る。

今だから震災当時のことも多少は笑い話にできる。一戸建てに住んでいた友人は、風呂だけ別棟にあったのだが、地震で壁と天井がきれいに落ちて、風呂が野ざらしになってしまった。さいわい、風呂釜も浴槽も無事だったので、ガスが復旧した後しばらくは「露天風呂」に入っていたという。

しかし、震源地近くに住んでいたある知人は、地震後数週間ほどしてガスが来ないのに「風呂に入りたい!」という切実な衝動にかられ、あのような非常時でなかったら恐ろしくてできなかったであろう暴挙に出たそうだ。

伝聞なのでどうも話が怪しくなるのだが、なんと、電熱調理器(ニクロム線で熱を出すちょっと旧式な奴)を風呂釜に放り込んで水を温めたというからびっくりだ。

いったい、水中でそんなものが機能するのかどうか、彼がどのようにしてお湯の沸いた風呂釜から感電することなくヒーターを回収したのか、そもそも電熱ポットでお湯を沸かしてバケツリレーで風呂釜に入れるとかいう手を思いつかなかったのか、疑問は尽きないが、あまり聞きたくないような気もする。

今回の被害に遭われた方が一日も早く立ち直られることを祈ります。

10月6日(金)

地震酔い

昼過ぎにかなり大きな地震。横揺れから来たのではじめ地震と気づかず、「疲労のあまりついに眩暈まで起きるようになったか?」と思いつつ仕事をしていたら周りがみんな揺れていた。

しかし、あとから聞くと、少なからぬ数の同僚が修羅場疲れで眩暈がするのかと思ったとのことで、もう笑うしかない。

揺れがあまり長かったので途中で車酔いのようになって地面で丸くなっていた。うえっぷ。

関西在住のみなさん被害は大丈夫でしたか。

10月5日(木)

血も凍る

自分のミスではないのだが最悪の部類に属するトラブルで残業。

10月4日(水)

ノンアルコールカクテル

などというものはカクテルのうちに入らないと思っている私だが、職場の自販機にとんでもない品を発見してしまった。どこにでもあるカップ式のジュース自動販売機なのであるが、コーヒーや紅茶、抹茶に混じって、

カル○スとオ○ナミンCのカクテル

を発見してしまった。ことによると、ア○ナミンとかチオ○タだったかもしれない。ともかくドリンク剤との混合だったのは確かだ。

味はというと、まあ予想範囲ながら、死ぬほど甘ったるい。だれだこんなメニュー考えたのは。

10月3日(火)

陣中見舞い

またしても昼の仕事と夜の仕事のダブル修羅場。昼の修羅場の方は、じつに精神衛生上よくない作業なのだが、ささやかな安らぎは陣中見舞いが届くことだ。それも各上司がばらばらに無計画に菓子やらジュースやらを買ってくるので、しじゅうスナック菓子が配られている。今日などは弁当を買う必要がないぐらいだ。ティッシュを敷いた上にこんもり盛り上がった菓子の山。うえっぷ。

しかしこう密室にこもって配られるものを黙々と食べるという状況はなにかに似ていないか。そう、養鶏場のブロイラーだ。だが我々が鶏と違うのは何も生み出さないことだ。単に処理するだけなのだ。

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ウールを洗うと縮むのは繊維そのものの原因というより織り目が詰まったりするからだと掲示板で教えてもらった。こども電話相談室に電話をかけずにすんだ。やれやれ。

10月2日(月)

冷やし中華から肉まんへ

いつのまにやらコンビニに肉まんのショーケースが出る季節になった。

そして定食屋のメニューからひっそりと冷やし中華が消えている。

『冷やし中華始めました』という張り紙はよく見かけるが、『冷やし中華終わりました』というのを見かけないのはなぜか。

10月1日(日)

伸び縮みの神秘

けっきょく10月まで仕事をひきずっている。

ここにきてついに体力も限界に達し8時間爆睡。目覚めたとき、寝入ったときとまったく同じ姿勢で眠っていたことに気がついた。8時間同じ姿勢でいたのか。それともぐるっと一回転して元に戻ったのだろうか。この腕のしびれ具合からすると、たぶん前者だろう。

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ウール100%のセーターを洗ったら縮むが、羊が雨に濡れたら縮むという話はついぞ聞いたことがない。

牧場の人が黙して語らない業界裏話に「雨に濡れた羊は毛が縮んでいる」というのがあるのかもしれないが。

しかし、羊毛は死んでいるといえども生体組織だけに、水気を吸うとふやけてむしろ膨張するのではないか。たとえばラーメンは時間がたつと水気を吸って「のびる」し。なぜ羊だけが縮むのだ。

昔聞いた話だが、湿度計の部品には人の毛髪が使われているのだそうだ。湿気を吸って伸びる度合いで湿度を測るのだという。髪の中では日本人女性のものが最適らしい。いちばんしなやかで切れにくいのだという。しかし、茶髪が不良少年の代名詞でなくなった昨今でもおなじことが言えるのかどうか。そういえば、シャンプーのBGMなど見ても、綺麗な長い黒髪をさらさらさせている女性というのはあまり出てこなくなった。

だがそんなことを書きたいのではない。問題は、羊は洗うとなぜ縮むのかだ。こう書くと、羊毛ではなく毛を刈られる前の羊の話のようだ。一抱えあった大人の羊が、シャンプー後はなぜか子羊サイズ。そんな話があるものか。

やはり、ウールは洗うとなぜ縮むのか、と書くべきだろう。書いたところで解決するわけではないが。

こども電話相談室の番号を調べてみたりする。